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麻雀業界への想いというもの①

今、なぜこんなにも熱心に麻雀プロを応援し、サイトまでつくっているのか。それは、麻雀プロによって、知っていた世界が知らなかった世界がひっくり返ったからです。

麻雀そのものを知ったきっかけ

麻雀の存在は幼い頃からなんとなく知っていましたが、実際にルールを知り自分でプレイするようになったのは大学入学直後でした。
「後ろで見ているから、言われた牌を切ればいいよ」と先輩に誘われ、ルールも知らないまま参加しました。確か1半荘だけで帰りましたが、”ルールを理解したい””先輩より強くなりたい”と思ったことは確かです。
帰宅後、当時ほぼ毎日スカイプで通話しながら遊んでいたUstream Checker友人たちに上記のことを話したところ、麻雀を打てる人がルールや点数計算について教えくれました。

天鳳と雀荘、イメージの構築

当時は配信媒体に関係なく、天鳳が流行っていたと思います。なので天鳳きっかけの友達もいたし、天鳳オフ会にも参加していました。オフ会の開催場所であり、大学の先輩と徹夜で麻雀をする場所であった雀荘の店員さんには苦手なイメージを持っていました。チャラい見た目・威圧的な喋り方・常にだるそうな空気感。セットで入るので入店時とドリンクの注文時、最後の会計時くらいしか直接は関わりませんが、絶対相容れないわ…と思っていました。
(※当時の個人的なイメージです。もちろん全員がそうなわけではないし、私が勝手に変なフィルターやレッテルを貼っていたのだと思います。雀荘の店員さんごめんなさい。)
また麻雀漫画もいくつか読みましたが、だいたいが反社会的な登場人物だったため、麻雀で生きる人=アンダーグラウンドな人間性というイメージの構築を決定付けるものになっていました。そのため、麻雀プロという肩書きはなんとなく知っていたのですが、きっと怖い人たちなんだ…と勝手に思い込んでいたのも事実です。

そして社会人になった

上京し、仕事柄多忙な毎日を過ごす中、麻雀はたまーに家で天鳳をしたり、大学時代のネット友達とお遊びセットで入る程度でした。ニコ生で無料の対局中継を見ることはあっても、対局を流し見で終わりにしてしまうことが多く(素人の自分には展開についていけなかった)、学生時代にできたイメージは特に変わらないまま。そのうち地元に戻り結婚した後は1週間に1回、天鳳を半荘だけして寝るだけになりました。

イメージチェンジのきっかけ

ある日、10年使い続けたテレビを買い換えることになりました。テレビゲームのプレイを主な目的として購入したものですが、機能としてYoutubeやU-NEXT、AbemaTVが視聴可能とのこと。設定も兼ねてAbemaTVに回した時に受けた衝撃は今でも忘れません。
麻雀チャンネルなんてあるんだ!と視聴を始めたら、スーツに身を包んだ社会人(社会人として知っている姿)がそこにいたのです。インタビューでは真剣に手牌や点数状況について話していて、チャラくもなく、威圧的な態度もなく、だるそうな空気感もない。そして番組の画としても、観易い。その時に観たのはRTDリーグの再放送だったと思うのですが、きれいな画質、デザインも凝っていて、カメラは手牌以外でもスイッチが多く、親が誰なのか・供託の状況・何場なのかもわかりやすい整理された情報。そして、1番の衝撃が…

白鳥翔プロの登場シーン

選手入場だったのですが、呼ばれた名前は「白鳥翔」。出てきた瞬間は「はいはい金髪のチャラ男ですか。やっぱりイメージは間違ってなかったわ〜」と思っていたのですが、次の瞬間
神楽鈴を振っていたんですよね。
そのシュールさに驚いていたら、応援インタビューで父親が出てきて苦笑してるしと、めちゃくちゃ笑ってしまったんですよ。笑いすぎてtwitterで発言したほど。

エンタメとして注目していくようになった

上記発言がご本人からファボられ慌てると同時にご本人のtwitterを拝見させていただき、そこから一気に麻雀プロの情報を知ることになり、しばらくはぼけーっと再放送の対局をAbemaTVで見ていたのですが、ある日Mリーグの生放送に遭遇します。
そして白鳥プロ以外の麻雀プロを知ることになり、画的な部分を含めたエンタメ性を知り、麻雀界隈についてもっと色々と知りたいと思うようになりました。
それと同時に芽生えた想いが、「麻雀プロになって内から麻雀界隈を盛り上げるのではなく、自分ができる分野を活用して麻雀界隈を盛り上げたい」ということ。その”自分ができる分野の活用”の思案から、このブログや他サイトの構造がなんとなく出来始めました。